“今が楽しければいい”の果てに──67歳、孤独老人の後悔
──コンビニのレジ袋を片手に、男はゆっくりとアパートの階段を上がった。
袋の中には、半額シールの貼られた惣菜と、安い缶ビールが一本。
階段の踊り場に差し込む夕日が、男の背中を赤く照らしていた。
「今日も、誰とも話さなかったな」
そんな独り言をつぶやきながら、67歳の中村浩二(仮名)は、自分の部屋のドアノブを回した。
六畳一間、風呂なし、トイレ共同。家賃は3万8千円。
年金は月に約7万円。足りない分は、近所の倉庫の仕分けバイトで稼いでいる。
腰は痛む。視力も落ちた。
でも、働けるだけまだましだ――浩二はそう思うようにしていた。
かつては、週末の夜ごとに六本木のバーをはしごし、ブランドの時計を買い漁り、女と笑い合っていた。
“若いって最高だな”と本気で信じていた。
「貯金なんて、年を取ってから考えればいい!」と笑っていた。
しかし、気がつけば、その「年を取ってから」が、目の前に迫っている。
そして、誰もいない。
テレビの音だけが響く部屋。
冷蔵庫のモーター音が、やけに大きく聞こえる。
「俺の人生、どこで間違えたんだろうな」
ため息とともに、呟きがこぼれた。
20代の浩二は、誰もが羨むような自由人だった。
高卒で地元を飛び出し、東京で就職。
給料は安かったが、バブル景気の熱気が街を包んでいた。
仕事帰りにスーツ姿の仲間と居酒屋に行き、夜中にはクラブへ。
朝方まで飲み歩き、始発で帰る。
「人生は一度きりだ。楽しまなきゃ損だ」
それが彼の口癖だった。
会社の上司が「貯金は大事だぞ!」と忠告しても、
「老後なんて、そのうち年金でどうにかなるでしょ」と笑い飛ばした。
ボーナスは旅行とギャンブルに消え、手元には何も残らない。
結婚の話が出たこともあった。だが、相手の女性が将来の話をすると、
「重いよ」と笑って距離を置いた。
自由を愛した。
束縛を嫌った。
しかし、自由とは「何も持たないこと」ではなかった。
それに気づいたのは、あまりにも遅すぎた。
50代になった頃、会社が経営難でリストラを始めた。
「独身で家族を養ってるわけじゃないよな」と、部長の一言。
わずか3分の面談で、浩二の居場所はなくなった。
再就職先は見つからず、貯金もない。
当時、唯一の資産は、10年前に買った中古の車だけだった。
それを売って家賃を払い、失業保険が切れたあとは、派遣の倉庫仕事。
手取りは月13万円。
そこから家賃と光熱費を引けば、残るのはわずか。
それでも、誰にも頼れなかった。
両親はすでに亡くなり、兄弟とは疎遠。
「たまには帰ってきなさいよ」と、母に言われた最後の電話から、もう20年以上が経っていた。
60歳を迎えた頃、身体が言うことをきかなくなってきた。
腰痛で仕事を休む日が増え、シフトも減らされた。
年金の受給が始まったが、月7万円では生きるのがやっと。
スーパーで一番安いカップ麺を選ぶようになった。
時々、昔の仲間のSNSを見た。
家族旅行、孫の写真、庭付きの家――。
画面の中には、かつて「自由だ」と笑っていた自分とは、まるで別世界の人生があった。
「俺だって、誰かと寄り添う人生を選べたのかもしれない」
そう思いながら、スマホを閉じた。
ある冬の夜、浩二は風邪をこじらせ、熱で動けなくなった。
部屋には誰もいない。
ポットの湯も切れ、布団から出る気力もない。
助けを呼ぶ相手がいなかった。
結局、3日後に近所の住人が異臭に気づき、救急車が呼ばれた。
肺炎で入院。
ベッドの上で目を覚ました時、病室の白い天井を見上げながら、
彼は初めて「死んでいたかもしれなかった」と思った。
退院後、生活保護の申請を勧められたが、
「まだ働ける」と断った。
自分が“負けを認める”ようで、怖かったのだ。
けれど現実は、少しずつ彼を追い詰めていった。
夏、倉庫でのバイト中に腰を痛めた。
医者は「しばらく安静に」と言ったが、休めば収入がなくなる。
結局、痛みを抱えながら現場に戻った。
ある日、荷物を落とし、上司に怒鳴られた。
「もう年なんだから、無理すんなよ」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。
“年なんだから”
そう言われたのは初めてだった。
夜、帰り道のコンビニで缶ビールと惣菜を買った。
レジの若い店員が笑顔で「温めますか?」と惣菜を袋に入れる。
その瞬間、なぜか涙が出た。
「俺は、いつからこんなに小さくなったんだろう」
テレビでは「老後2000万円問題」や「孤独死」などの言葉が飛び交っていた。
けれど、画面の向こうの話だと思っていた。
だが現実は、自分がその中の一人だった。
友人もいない。
SNSのアカウントも消した。
誰かと話すのは、バイト先か病院の受付だけ。
それでも、生きている。
それでも、明日は来る。
しかし、ある晩、いつものようにビールを飲みながらテレビを見ていると、ふと笑いがこぼれた。
「このまま死んだら、いったい誰が俺の部屋片づけるんだろうな」
乾いた笑いだった。
けれど、その笑いが止まらなくなった。
胸の奥に溜め込んだ寂しさと後悔が、笑いに化けてあふれ出した。
涙が頬を伝い、笑いながら泣いていた。
翌朝、いつものように倉庫へ行く途中、信号待ちで空を見上げた。
雲の切れ間から光が差し、眩しかった。
「俺の人生、これでよかったのかな」
その問いに、答える声はなかった。
人生は選択の連続だ。
そのたびに浩二は、「今が楽しければいい」と選んできた。
貯金もしなかった。
誰かと暮らす努力もしなかった。
その結果が、今だった。
秋になり、アパートの契約更新の通知が届いた。
保証人がいないため、更新料の支払いに手間取った。
不動産会社の若い担当者が言った。
「次回の更新が難しい場合は、退去をお願いするかもしれません」
その言葉を聞いて、胸が締め付けられた。
この部屋すら追われる日が来るかもしれない。
「人生、終わり方も自分で選べたらいいのにな」
その夜、浩二は、初めて“死”という言葉を身近に感じた。
冬の初め、倉庫の契約が打ち切られた。
「人件費の削減」という理由だった。
新しい仕事を探したが、年齢で断られる。
「また連絡します」と言われた電話は、二度とかかってこなかった。
家賃の支払いが滞り始め、電気を止められた。
暗闇の中、冷たい空気が部屋を満たす。
ポケットの中には、数百円。
最後の缶ビールを開け、口をつけた。
「楽しかったな、あの頃は」
そう呟くと、目を閉じた。
数日後、大家が異変に気づいて部屋を開けた。
電気も通らぬ部屋の中で、浩二は静かに息を引き取っていた。
手には、小さなメモが握られていた。
《人生は、思ったより長かった。しかし、生き方を間違えると、すぐに終わる。》
ニュースにもならない、小さな孤独死。
けれど、彼のような人は、いまの日本に確実に増えている。
“今が楽しければいい”――その言葉は、若さの象徴であり、同時に老後の呪いでもある。
もし、あなたがまだ若いなら、
どうか、浩二のように「明日を信じすぎないで」ほしい。
人生は長い。けれど、準備をしない人間には、残酷なほど短く感じるのだ。
【孤独で貧しい老後にならないために】
人は、年を重ねてから初めて「時間の意味」を知るのかもしれません。若い頃は、未来が永遠に続くような錯覚を抱きます。しかし気づけば、あっという間に年月は過ぎ、気力も体力も、そして人との縁も少しずつ薄れていきます。老後に後悔する人の多くは、「お金が足りない」ことよりも、「誰にも必要とされなくなる」ことに苦しむのです。孤独とは、誰もいないことではなく、「誰かに見てもらえない自分」になることなのです。
だからこそ、豊かな老後を迎えるために必要なのは、ただお金を貯めることではありません。「人とのつながりを育てること」です。しかし、それは友達を増やすこととは違います。大切なのは、「誰かの役に立てる構造を若いうちから持っておくこと」です。仕事でも趣味でもかまいません。たとえば、近所の子どもに勉強を教えたり、花の世話をしたり、地域の小さな活動に関わる。そこに“ありがとう”という言葉が生まれた瞬間、人は孤独から遠ざかります。お金では買えない「感謝の通貨」を、若いうちから積み重ねることが、真の備えになるのです。
お金の面でも、老後の安心は「金額の多さ」よりも「使い方の知恵」で決まります。
たとえば、定期預金に寝かせておくよりも、自分の興味や学びに投資することです。50代からピアノを始める人、60代でカメラを持つ人、70代でパソコンを学ぶ人。そうした人たちは老後に不安を感じにくいといいます。なぜなら、好奇心がある限り、人は「これから」に期待できるからです。新しいことを学び続ける人の目は、年齢に関係なく輝いています。
そして、今の時代には特別な“資産”の形があります。それは「デジタル年金」とも言える、自分の経験や知識を記録することです。ブログやSNS、動画配信などで、自分の得意なことや感じたことを少しずつ残していくのです。たとえ小さな発信でも、それが誰かの役に立つ瞬間が必ず来ます。あなたの歩んだ道は、データという形で未来に残り、やがて“自分が生きてきた証”になります。これは、どんな株式よりも、確実に価値を生む投資です。
また、老後を穏やかに過ごすためには、「捨てる力」を養うことも大切です。若い頃に手に入れたもの、プライド、こだわり。そういったものを抱えたままでは、身も心も重くなってしまいます。人生の後半は、持つよりも手放すことのほうが大切です。
読まない本、着ない服、思い出の品――それらを少しずつ整理すると、不思議と心の中に新しい風が入ってきます。物を減らすことは、過去にしがみつかない練習でもあります。過去を整理できた人だけが、新しい自分に出会えるのです。
そして、今からできる最高の習慣があります。それは、「感謝の予行練習」です。
毎日の中で、小さな“ありがとう”を口に出すことを意識してみてください。郵便を届けてくれた人に、スーパーの店員さんに、家族に、そして自分自身に。
「今日もちゃんと起きられたね」「ごはんが食べられて幸せだね」と自分に声をかけるのです。
こうした小さな感謝を積み重ねることで、人間関係の空気が柔らかくなります。老後に本当に必要なのは、「助けてくれる人」ではなく、「助けたくなる人」になることです。いつも穏やかで、感謝を忘れない人の周りには、自然と人が集まります。
また、お金の使い方にもひとつ大切な視点があります。それは「支出を思い出に変える」という考え方です。節約も大事ですが、すべてを貯め込みすぎると、人生に記憶が残りません。老後に最も輝く財産は、“体験の記録”です。
たとえば「若い頃に旅をした」「ボランティアをした」「誰かの笑顔を見た」――そうした小さな思い出が、年を取るほど心の糧になります。浪費は避けても、経験への投資は惜しまない。それが、心の利息を生む生き方です。
そして忘れてはいけないのは、「老後は、ある日突然始まるものではない」ということです。
老後とは、年齢のことではなく、「自分で時間を使うようになった瞬間」から始まります。
だからこそ、今日という1日をどう使うかで未来は決まります。
スマートフォンを閉じて、10分だけでも未来の自分を思い描いてみてください。
その小さな時間の積み重ねが、10年後、20年後のあなたを救います。
最後に一番大切なことをお伝えします。
本当の老後の準備とは、「今の自分を好きになる練習」を積むことです。
老後は、社会的な肩書きも、仕事の名刺も、家庭の役割も剥がれ落ち、“素の自分”で生きる時間になります。
その時、自分を嫌いなままでは、何を持っていても幸せにはなれません。
逆に、自分を認められる人は、どんな状況でも穏やかに笑っていられます。
「今日もなんとか生きている。それだけで十分です」と言える人は、強いのです。
豊かな老後とは、豪華な暮らしを意味するのではありません。
自分という小さな世界を愛せるようになること、それが一番の幸せです。
そのために必要なのは、ほんの少しの勇気と、今日を丁寧に生きる心です。
年齢も貯金額も関係ありません。今、この瞬間から始めればいいのです。
誰もが思いつかない最高の老後対策は、「未来の自分を大切にすること」、
そして「今の自分に優しくすること」です。
その小さな一歩が、老後という長い旅を、穏やかで豊かなものに変えてくれるのです。
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