熟年離婚、60代、家を出たけれど…

【漫画】老後に後悔しない

熟年離婚、60代、家を出たけれど…

「熟年離婚 捨てられなかった鍵と、戻れない日々」

これは、公開情報の傾向や制度の事実を踏まえた**フィクションである。

しかし、現実に起こりそうな熟年離婚後の生活をリアルに表した物語である。

玄関の棚の上に、銀色の鍵が二つ。
一つは三十年暮らした家の鍵。もう一つは、駅から徒歩十八分の古いワンルームの鍵。
「どっちが自分の家なんだろう」
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歳の絵里は、指先で鍵を触りながら小さく息を吐いた。

離婚届に判を押したのは、夫の定年祝いから半年後。口論のきっかけは些細だ。洗濯物の畳み方、夕飯の味付け、リモコンの置き場所。けれど本当の理由は、長年積み重なった「ありがとう」と「ごめん」が消えていたこと――そして、義母の介護や家計の不透明さに、絵里だけが立ち向かっているという孤独感だった。

「年金は半分もらえるんでしょ?」
友人は軽く言った。2007年に始まった年金分割のニュースを覚えている人は多い(厚生年金の婚姻期間相当分を最大2分の1まで分けられる)。
でも窓口で説明を受けると、制度は思ったより複雑だった。分けられるのは婚姻中に積み上がった厚生年金相当分で、国民年金は趣旨が異なる。分割には手続き期限もある。絵里はメモに「按分割合」「情報提供請求」とカタカナと漢字を走り書きし、帰り道にため息をついた。

もっと現実的な壁は住まいだった。
専業主婦で長く働いていない絵里は、賃貸の審査でつまずく。保証会社の書類に継続収入の確認の欄。貯金はある。でも「それ、いつまで続きますか?」と問われると、返す言葉がない。弁護士のコラムで熟年離婚の第一歩は住む場所の確保と読んだ記憶が脳裏をよぎる(年齢が高いほど賃貸入居のハードルは上がり、まず住む家を確保してからが現実的という指摘)。

長男が名義人になろうかと言ってくれた。けれど彼にも家庭がある。
最後は、不動産屋の勧めで築古のワンルームに落ち着いた。駅から遠く、エレベーターはない。買い物袋と階段を上るたび、息が切れた。

離婚が決まる過程で、もう一つの爆弾があった。
住宅ローンだ。家は夫の単独名義、ローンも残っている。売ればすっきり――のはずが、査定書にある数字に絵里は目を疑った。
「売っても、残債が残る」
オーバーローン。共働きで借入上限まで組んだ家庭ほど起こりやすいという解説を、後でネットで読むことになる。オーバーローンとは、売却益とローンが相殺できず赤字になること。離婚の現場では、売れない家が重石になる。
結局、家は夫が住み続け、退職金で繰上返済を進める代わりに、財産分与で預貯金の取り分が縮んだ。数字は正確で、公平で、そして残酷だ。

離婚から三か月。
朝の光は東向きの小窓から差し込み、部屋の埃が踊る。ここでは誰も、絵里の作る味噌汁の味を評しない。静けさは最初、自由に見えたが、やがて孤独に姿を変えた。
買い物の帰り、スーパーのベンチで同年代の女性に声をかけられる。
「私も去年、別れたの。20年以上一緒にいたのにね。」
2020
年に離婚した夫婦のうち、20年以上同居の熟年離婚**21.5%**で過去最高。

ニュースで見た数字が、急に重くのしかかる。

二人で笑い、そして少し泣いた。
「年金、分けてもらえるなら大丈夫かって思ってたけど」
彼女は、家賃の支払いで毎月ぎりぎりだと打ち明ける。もし働けず、資産も十分でなければ生活保護という選択肢も制度上はある。だが、住宅扶助の上限内に住まいを下げる必要が出るなど、現実にはもう一度の引っ越しが迫られることもある。
制度というものは、扉の鍵を配ってくれる。でも、その扉の向こうに安心の暮らしがあるとは限らない。

秋になり、絵里は週三日のパートを始めた。早朝の品出し。時給は高くないが、継続収入という文字を自分の履歴に刻みたかった。
月末、ノートを開く。
家賃、光熱費、食費、通信費、医療費、雑費。ペンの先は、最後に必ず余白の行で止まる。
余白――それは、もしもの医療費、孫の誕生日、冬用のコート。
余白がなくなると、人は不安という名の赤字を、心に抱える。

そんなある晩、絵里は長年暮らした家の鍵を捨てようとした。
しかし、手が止まった。どうしても捨てることができなかったのである。

その鍵は、単なる金属の塊ではなかった。
そこには、夫との年月、家族との思い出、そしてもう戻ることのない過去の暮らしが詰まっていた。
鍵を捨てることは、それらすべてを自らの手で断ち切ることに等しかった。

絵里は迷った末、古い鍵を残すことにした。
そして代わりに、今のワンルームの鍵に小さな鈴をつけた。
家に帰るたび、「ちりん」と鳴るその音が、
「ここが、これからの自分の居場所なのだ」と静かに教えてくれるようであった。

冬になり、区の無料相談で社会福祉士に会った。
「今の家賃は少し高いですね。更新前に家賃の低い物件へ移りましょう。引っ越しの時期とパート時間数を増やす計画を一緒に立てましょうね。医療費助成もご確認を。」
現実的という言葉は、時に冷たく聞こえる。けれど、計画は温かい。
帰り道、絵里はスマホのメモに、『やること』を記入した。

  • 年金分割の按分割合、提出期限を再確認、年金事務所に予約
  • 住居は更新月の三か月前から物件検索、家賃は手取りの3割以内
  • 生活費は袋分けに、予備費1万円だけは死守
  • パートの時間増加+在宅の単発(文字起こしの仕事)を試す
  • 友人と月一で昼食、孤立しないため

春。
玄関の鈴が、やさしく鳴った。
ワンルームの台所で、絵里は鍋から湯気の立つうどんを器によそった。
箸を取りながら、ぽつりとつぶやく。
「おいしいって言ってくれる人、もういないのね」

その言葉に、自分で小さく笑って答える。
「私が言えばいい。今日の出汁は、なかなかの出来だわ。」

湯気の向こうで、鈴がもう一度鳴った。
それはまるで、「ひとりでも大丈夫」と背中を押してくれるようであった。

人生に余白は、まだ残っている。
時間もお金もぎりぎりだが、心の余白だけは、自分で育てていける。
絵里はノートを開き、新しく「音楽教室の体験」と「図書館ボランティア」と書き加えた。

――鍵を捨てる勇気よりも、
新しい音を選ぶ勇気を持てばいい。

今日も帰宅のたびに、玄関の鈴がちりんと鳴る。
それは、孤独の音ではない。
再び歩き始めた人生の、小さな始まりの音である。

【熟年離婚を考えている人たちへ】

熟年離婚を考えるとき、いちばん大切なのは「現実を知って、少しずつ準備を始めること」です。離婚は新しい人生のスタートでもありますが、心構えがないまま踏み出すと、生活が一気に苦しくなることもあります。ここでは、生活・お金・心の3つの面から、わかりやすく整理してお伝えします。

まず、離婚後に直面する大きな問題は「住む場所」と「収入」です。長い間専業主婦だった人や、パートをしていても収入が少ない人は、新しい家を借りようとしても契約が難しいことがあります。家賃を支払う力を証明する書類が求められるため、年金の支給額通知や、働いている場合は給与明細などを早めに用意しておくと安心です。もし自分名義での契約が難しそうなときは、UR賃貸や公営住宅、シルバー向け住宅など、自治体が用意している選択肢を調べておくことをおすすめします。

また、離婚前に家をどうするかも大事な問題です。住宅ローンが残っている場合、売ってもローンが残る「オーバーローン」になっていることがあります。そうなると、家を売っても借金が残ってしまうので、弁護士やファイナンシャルプランナーに相談し、どう分けるのが最善かを早めに考えておくとよいでしょう。

次に、収入の確保です。年金分割をしても、国民年金とあわせて月10万円ほどにしかならない人も多く、それだけで生活するのは難しいのが現実です。離婚前から少しずつ働き始め、パートや在宅の仕事で「継続的な収入の実績」をつくっておくと、将来の賃貸契約にも有利になります。ハローワークの再就職講座や、自治体の「シルバー人材センター」などを活用すれば、年齢に合った仕事を見つけることができます。大切なのは、金額の大きさではなく、「自分の力で収入を得る経験」を持つことです。

お金の面では、まず年金分割の制度を正しく理解しておくことが大切です。分割は自動で行われるわけではなく、離婚から2年以内に自分で手続きをしなければいけません。対象は夫が厚生年金で積み立てた部分で、国民年金分は対象外です。どのくらいもらえるのかは人によって違うため、年金事務所で試算しておくと安心です。

財産分与についても、婚姻中に築いた財産は原則として半分ずつが基本です。家や預金、退職金など、すべての情報を明確にしておきましょう。通帳や保険証書、ローン明細などはコピーして保管しておくことが大切です。専門家に相談すれば、どのように分けるのが公平か、また税金の面で損をしないかを教えてくれます。

さらに、離婚後に必要となる生活費も考えておく必要があります。単身の女性の場合、毎月12万~15万円ほどが目安です。家賃が高い地域では、それ以上になることもあります。離婚前から家計簿をつけて、固定費と変動費を見直し、削れる部分を見つけておきましょう。ニュースで話題になった「老後資金2000万円問題」は、離婚後の生活ではより切実です。毎月少しでも「予備費」として1万円程度を残す習慣をつけておくと、心にも余裕が生まれます。

そして忘れてはいけないのが、心の準備です。絵里のように、離婚後にいちばんつらいのは孤独です。お金の問題よりも、話し相手がいないことが心を冷たくします。だからこそ、離婚前から地域のボランティアや趣味の教室、友人とのランチなどを通して、自分の居場所を少しずつ作っておきましょう。行政やNPOの支援もあります。女性向けの相談窓口やシングル世帯の交流会など、頼れる場があることを知るだけでも安心です。

また、離婚後に焦って何かを始めるより、まずは自分をいたわる時間を持つことが大切です。新しい暮らしに、小さな習慣を取り入れてみましょう。帰ってきたら鈴の音を鳴らす、好きな花を一輪飾る、寝る前にノートに「今日良かったこと」を一つ書く。そんな小さな儀式が、心を落ち着かせ、前に進む力になります。

熟年離婚は「終わり」ではなく、「これからの生活を自分で設計するチャンス」です。現実的な数字を把握し、制度を知り、生活の基盤を整えながら、自分の心を守る工夫をしていきましょう。鍵を捨てる勇気よりも、新しい音を選ぶ勇気を。そうすれば、絵里のように孤独を力に変える第二の人生を、穏やかに、そして自分らしく歩んでいくことができるでしょう。

#熟年離婚 #年金 #お金 #生活

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