78歳の田島健三は、3年前に妻の澄江を亡くしてから、古い一軒家で一人暮らしをしていた。
健三と澄江が40年以上も一緒に暮らした家である。
決して豪邸ではなかった。
しかし、庭には澄江が植えた梅の木があり、台所の柱には、3人の子どもたちの身長を測った傷が残っていた。
健三にとっては、どんな高級住宅よりも大切な家だった。
健三には、長男の雅彦、長女の由美、次男の直人がいた。
だが、妻が亡くなってから、三人の態度は大きく分かれた。
長男の雅彦と長女の由美は、健三の体を心配するふりをしながら、いつも財産の話ばかりした。
「父さん、一人でこんな家に住んでいても仕方ないだろう?」
「早く売ったほうがいいわ。固定資産税だってかかるんだから」
二人が目をつけていたのは、駅から近い土地だった。
近年、周辺では再開発が進み、今の家の土地を不動産会社から5千万円ほどで買い取りたいという話が来ていた。
さらに健三には、退職金や妻から相続した預金を合わせて、約4千万円の金融資産があった。
遺産は合計で、およそ9千万円になる。
雅彦は事業に失敗して、多額の借金を抱えていた。
由美も、高級車や海外旅行のために、何度も健三へ金の無心をしていた。
健三が断ると、二人は決まって同じことを言った。
「どうせ最後には、俺たちが相続する金じゃないか」
「生きているうちに少しくらい使わせてくれてもいいでしょう!?」
その言葉を聞くたび、健三の心は沈んだ。
財産は、健三が働いて築いたものである。
そして、妻の澄江が、欲しいものを我慢しながら守ってきたものでもある。
それを二人は、すでに自分たちの金であるかのように扱っていた。
一方、次男の直人は、若い頃に健三と衝突し、家を出て遠方で暮らしていた。
直人は財産の話を一度もしたことがなかった。
むしろ、父との関係を避けるように、年に一度、短い手紙を送ってくるだけだった。
そんな健三を支えたのは、直人の娘である孫の春香だった。
28歳の春香は、近くの訪問介護事業所で働いていた。
仕事帰りに健三の家へ立ち寄り、食事を作り、通院に付き添い、庭の草を抜いた。
「おじいちゃん、薬はしっかりと飲んだの?」
「子ども扱いするな」
口ではそう言いながら、健三は、春香が来る日を楽しみにしていた。
ある日、雅彦と由美が、老人ホームのパンフレットを持って訪ねてきた。
「父さん、ここならすぐに入れる。家を売った金で費用も払えるから。」
雅彦が差し出した書類の中には、施設の申込書だけでなく、不動産売却の委任状まで入っていた。
「ここに署名して、実印を押してくれ」
健三が書類を読もうとすると、由美が横から奪った。
「細かいことは私たちに任せればいいのよ。お父さんは、もう難しいことを考えなくていいの」
その瞬間、健三は悟った。
二人は自分の老後を心配しているのではない。
自分が弱るのを待っているのだ。
「帰れ!」
健三は、はっきりと言った。
「何だって?」
「この家を売るつもりはない。わしは、死ぬまで、ここで暮らす」
雅彦は机をたたいた。
「俺たちは子どもだぞ。いずれ全部、俺たちのものになるんだ!」
健三は雅彦をまっすぐ見た。
「わしが生きている間は、わしのものだ!」
その日の夜、健三は春香に頼み、地域の法律相談を予約した。
数日後、健三は弁護士の小川と向き合った。
「息子と娘には、一円も渡したくありません」
健三が言うと、小川は安易にうなずかなかった。
「お気持ちは分かります。しかし、お子さんには遺留分があります。遺言で何も渡さないと書いても、あなたが亡くなった後、財産を受け取った方に対して金銭を請求することができるんです」
「では、どうすればいいのでしょう」
「法律を無視して争いの種を残すのではなく、法律を利用して、健三さんの意思を実現させましょう」
小川は、財産の一覧を作ることから始めた。
土地と建物の評価額、預貯金、株式、保険、借金の有無。
過去に子どもたちへ渡した金銭の額。
すべてを一つずつ確認した。
健三の妻はすでに亡くなっているため、健三が亡くなったときの法定相続人は、三人の子どもである。
子ども全体の遺留分は、遺産の二分の一。
三人が同じ立場なら、各自の遺留分は、遺産全体の六分の一が基本となる。
遺産を9千万円と仮定すれば、一人当たり約1500万円だった。
健三はしばらく考えてから弁護士の小川に言った。
「雅彦と由美には、それぞれ1500万円を渡します」
「法律上の権利を見込んで、先に用意しておきます」
健三は続けた。
「しかし、二人には、それ以上、この家にも預金にも口を出させない」
健三は公証役場で、公正証書遺言を作成した。
遺言には、長男の雅彦と長女の由美に、それぞれ1500万円を相続させると記した。
次男の直人にも同額を相続させると記した。
そして残る財産のうち、自宅の土地と建物を孫の春香へ遺贈し、残った預金は、地域の高齢者を支援する社会福祉法人へ遺贈すると定めた。
春香が家を受け取る条件として、健三は一つの希望を付言事項に残した。
この家をすぐには売らず、地域の高齢者や子どもたちが集まれる場所として活用してほしい。
ただし、春香の生活が苦しくなるようなら、無理に守る必要はない。
大切なのは、家そのものではなく、地域の人が孤独にならないことだ、と。
遺言執行者には、利害関係のない弁護士の小川を指定した。
さらに健三は、自分の判断能力が衰えた場合に備え、財産管理についても専門家へ相談した。
通帳、実印、権利証を子どもたちが自由に持ち出せないよう保管場所を変えた。
雅彦と由美には、何も知らせなかった。
それから2年後、健三は80歳で静かに息を引き取った。
最後まで、澄江と暮らした家で過ごすことができた。
葬儀が終わった翌日、雅彦と由美は、早くも家の売却について話し始めた。
「土地は俺が不動産会社と交渉する」
「それはお兄さんに任せるわ。そして、売却したお金を3人で分けるのよ」
2人は直人と春香を居間に呼び、勝手に作った遺産分割案を机に置いた。
家を売り、預金と合わせて兄弟で3等分する内容だった。
雅彦は得意げに言った。
「父さんは遺言なんか作れるような人じゃない。これで決まりだな」
そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
入ってきたのは、弁護士の小川だった。
小川は全員の前で、公正証書遺言の写しを示した。
「健三さんは、判断能力が十分にあると確認されたうえで、公証人と証人の前で遺言を作成されています」
家と土地は春香へ。
雅彦と由美には、それぞれ1500万円。
直人にも1500万円。
残った預金は社会福祉法人へ。
その内容を聞いた雅彦の顔が赤くなった。
「ふざけるな!子どもより孫や他人を優先するのか!」
由美も叫んだ。
「こんな遺言、無効よ!私たちには遺留分があるでしょう!」
小川は落ち着いて答えた。
「もちろんあります。そのため、健三さんは、お2人の遺留分を考慮した金額を、現金で用意されました」
「もっともらえるはずだ!」
「遺言がなければ法定相続分は3分の1です。しかし、遺言がある場合、必ず3分の1を受け取れるわけではありません。お2人に法律上保障される最低限の取り分を考慮して、遺言は設計されています」
雅彦は家の権利証を探そうと立ち上がった。
しかし、小川は言った。
「不動産に関する書類は、すでに適切に管理されています。遺言執行者は私です。勝手に売却することはできません」
雅彦は何も言えなくなった。
由美は悔しそうに春香をにらんだ。
「あなたが、おじいちゃんをそそのかしたのね!」
春香が言い返す前に、小川が一通の封筒を取り出した。
それは、健三が3人の子どもに残した手紙だった。
「雅彦、由美。
お前たちが心配していたのは、父親の私ではなく、私の財産だった。
それでも、私はお前たちの父親だ。
だから法律が保障する分を残した。
それを使って借金を返し、自分の力で人生を立て直してほしい。
だが、この家まで渡すことはできない。
この家は、母さんが苦労して守ってくれた家だ。
わしが弱るのを待ち、母さんとの思い出まで金に換えようとした者には任せられない。
直人。
私は、お前が家を出たとき、謝ることができなかった。
親の意地で、お前を長い間苦しませた。
お前が財産を要求しなかったことも、春香を通じて私を支えてくれたことも知っている。
遅すぎるが、許してほしい。
春香。
この家と土地を受け取ることで、重荷を背負う必要はない。
売るか、残すかは、お前が決めればいい。
ただ、できることなら、この家を、地域の人が孤独で泣かなくてよい場所にしてほしい。
財産とは、人を争わせるために残すものではない。
生きている人を、少しだけ幸せにするために残すものだ。
これが、私ができる最後の仕事である」
手紙を読み終えた直人は、声を上げて泣いた。
春香も、梅の木が見える窓辺で涙を拭った。
雅彦と由美は、しばらくうつむいていた。
2人は望んだ金額を手にすることはできなかった。
しかし、借金や生活を立て直すには十分な金額だった。
完全に見捨てられたわけでもない。
だからこそ、父を責め続けることもできなかった。
半年後、春香は自宅の一階を改装した。
週に三日は高齢者の交流場所として開放し、残りの日は、学校帰りの子どもたちが宿題をしたり、地域の人と食事をしたりできる場所にした。
玄関には、小さな看板が掲げられた。
『澄江と健三の家』
開所の日、直人は庭の梅の木を見上げながら言った。
「父さんは、家を守りたかったんじゃないのかもしれないな」
春香が尋ねた。
「どういうこと?」
「家を使って、人を守りたかったんだ」
その日、雅彦と由美もやって来た。
2人は以前のように、財産の話をしなかった。
雅彦は相続した金で借金を返し、小さな会社で働き始めていた。
由美は高級車を手放し、残った金を老後のために貯蓄していた。
由美は仏壇の前に座り、小さな声で言った。
「お父さん、私たちが間違っていた」
雅彦は庭で遊ぶ子どもたちを見ながら、黙って梅の木の枝を整えた。
健三の遺言は、子どもたちへの復讐ではなかった。
悪意に財産を支配させず、法律上の権利は尊重し、それでも自分の意思を貫くためのものだった。
健三が臨んだのは、誰かを無一文にして、あざ笑うことではない。
それぞれに立ち直る機会を与え、妻との思い出を守り、地域に新しい居場所を残すことだった。
梅の花が満開になった春の日。
仏壇では、健三と澄江が、並んで穏やかに笑っていた。
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